
【広島】「こんなバカなことがあるか。原爆ってやつは放射能で苦しめた揚げ句骨まで奪うのか」はだしのゲン作者、原爆資料館で講演(445)
- 1 冷やし中華 部分的に終わりましたφ ★ sage 2010/02/15(月) 21:19:14 ID:???0
- 漫画「はだしのゲン」の作者、中沢啓治さん(70)が14日、原爆資料館で講演した。
広島で被爆した中沢さんが漫画家になろうと思ったのは小学3年のころ。闇市の壁からはがした
ポスターの裏を画用紙代わりに使っていた。22歳で上京。仕事が軌道に乗ったころ、被爆した母が
亡くなった。火葬場で遺灰をかき回しても骨がなく、白い小さな破片が点々と見えただけだった。
「こんなバカなことがあるか。原爆ってやつは、放射能で苦しめた揚げ句、骨まで奪うのか」
中沢さんはその後1週間で、原爆への怒りを込めた作品を描き上げた。「東京では『放射能がうつる』
と差別を受けたし、『原爆』の2文字に死臭が漂うあの状況を思い出してやり切れなかった。でも、
もう黙っていられない」
描き続けたある日、自叙漫画を描く機会があった。それを見た編集者から「長編を描かないか」と
誘われ、73年に漫画雑誌で「はだしのゲン」の連載を始めた。連載は10年以上続き、単行本は
10巻で完結した。「『言いたいことを言いまくってやる』と思って描いてきた。まだ言い足りていない
けど、目の病気で細かい線が描けないので、これからは絵画で原爆を追及したい」
「ゲン」には、実は続編の構想があった。上京したゲンが漫画家となり、傷ついた友を題材に戦争の
悲惨さを描く。広島の仲間の死など曲折を経て、フランスに絵画修行に行く−−というあらすじだった。
しかし、中沢さんは「ゲンのその後は読者に想像してもらった方がいい」と考え、あえて描かなかった。
講演では「ゲン」を描くまでの経緯や、構想しながら描かれなかった幻の続編について語り、「まだまだ
原爆を追及する。今度は絵画でやりたい」と意欲を見せた。
講演を聞いた市立皆実小2年の柿村誠海君(8)=南区=は「戦争はいけないと思う。たくさんの人が
死ぬし、今も他の国で戦争があり、みんな怖がってる」と話した。
http://mainichi.jp/area/hiroshima/news/20100215ddlk34040215000c.html
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